ボポモフォ(注音符号)とは

ボポモフォのあらまし

ボポモフォ(注音符号)は主に台湾で使用されている表音のための文字で、日本で言うひらがな・カタカナのような役割を果たしている。「ㄅ(b音)」「ㄆ(p音)」「ㄇ(m音)」「ㄈ(f音)」で始まることから、「注音符号」とは個別に愛称的につけられた(日本語で言うところの「かな」に対する「いろは」と同じような感覚)。この文字体系は日本の仮名文字などを参考に中国の古字を基にして考案され、1918年に中華民国政府により「注音字母」として公布された。台湾では小学生の漢字習得に用いられる他、PC・スマホなどでの漢字入力や、漢字のない台湾語の単語やフレーズなどを表記するのに使用される。中国大陸ではボポモフォ(注音符号)は『新華字典』などごく一部で用いられるだけで、一般的にはほとんど使わない。

ボポモフォでの表記は原則的には

  1. 「声母(子音に相当)」+「韻母(母音に相当) 」(韻母が複数の場合あり)
  2. 「声母」1字のみ(下記声母②・③)
  3. 「韻母」1字のみ
  4. 「韻母」+「韻母」

のいずれかで行われる。

漢字1文字の音(基本的に1音節に相当)は声調を除くと、「声母+介音+主母音+韻尾」に分解できる。注音符号はこの「声母」・「介音」・「主母音と韻尾」のそれぞれを1つの文字で表記できるようになっている。例えば、「香」は「ㄒ(x)一(i)ㄤ(ang)」と表記される(カッコ内はピンイン)。

ボポモフォの歴史

1840年にイギリスとの間に勃発したアヘン戦争以降、欧米列強によるアジアでの植民地政策をめぐる熾烈な国政政治に巻き込まれる中で、19世紀中期より清末の中国では近代化による国力の増強が声高に叫ばれるようになった。その近代化施策の中で政治体制・富国強兵だけでなく言語の分野においても、方言差が極度(宮廷ではいわゆる官話はあったが明確に定義・統一されていない)、漢字は表音性が低く識字教育が困難、日本及び西欧列強に対抗するために全国民の識字率が10%という状況を改善するための国民教育が急務、というような課題があった。つまり、文字改革と音声統一の国語教育は国家存亡の問題であった。

清朝がまだ存続している時期から中国各地で識者たちにより「漢字が民衆の啓蒙を妨げている」とのおおむね共通した認識のもとで漢字に替わる様々な代替文字が考案されてきたが、1911年の辛亥革命で清が滅亡するとそれに代わり1912年に南京に樹立した中華民国政府では教育部が言語改革を主導していく。1913年に教育部が読音統一会を開催し、国語統一の審議を行った。文字通り、この会議は中国語の発音に対象を絞ったものであり、これが中国における「国語」の根本的基礎の確立となる。

中国では従来漢字音を表記するのに反切と呼ばれた手法を用いてきたが、それはいわゆる「読書人」とよばれた士大夫層が用いるものであり、一般大衆にとって習得は容易なものではなかった。そこで大衆が文字学習できるように比較的常用する漢字約6,500字を選定して、各省1票の投票に基づいて共通語の発音を決定した。これに基づき、魯迅(1881年~1936年)・許寿裳(1883年~1948年)・銭稲孫(1887年~1966年)らが作業用に使われていた「記音字母」を元に考案した39個の文字から構成される「注音字母」を制定した。

実は注音字母の構想は突如として生まれたものではなく、1903年に章炳麟(1869年~1936年)が日本亡命中に記した「駁中国用万国新語説」にて漢字の代用文字としてエスペラントに変えるという説に反論し、『説文解字』に見られる篆書・古文・籀文を参考にして中国語の伝統的な音韻学の紐・韻のための字として使うべきと主張し、実際にその字を定義した。 魯迅・許寿裳・銭稲孫はいずれも浙江省出身であり、かつて日本に留学した際には章炳麟のもとで学び、「記音字母」はその提案に従っていたものだった(ただし、章炳麟自身が考案した字をそのまま利用している字はそれほど多くはない)。

読音統一会での決議により、注音字母の講習所の設置と初等小学での国文科から国語科への改称が決定したものの、政局の転変により決議した内容がすぐに実行されることはなく、1918年になってようやく注音字母が正式に公布されることになった(ただし、この際には「国音字母」を命名されている)。公布当初は字母は39文字であったが、1920年に「ㄛ(o)」から「ㄜ(e)」を切り分けたために40文字に改められた。また、字母の配列も現在とは異なるものであり、1919年に『国音字典』が刊行されたことで現在と同じ配列となった。

蒋介石(1887年~1975年)率いる国民党による1926年~1928年の第三次北伐すなわち国民革命が完了すると、読音統一会が定めた標準音が実際の北京音と大きな隔たりがあることから北京音をが標準音と定められてからは、方言音にのみ用いられた「万」「兀」「广」の3文字が除かれた37文字が実質的な字数となり、名称も「注音字母」から「注音符号」へと改められた。それは、実態として音素を示すものではなく、標準中国語=国語の正しい発音を示す補助的な符号であるという位置付けの再定義したためであった。

ボポモフォ(注音符号)一覧

声母①

注音符号 ピンイン 字源
b 「包(bāo、ホウ)」の古字で、現在も部首として残る「勹(つつみがまえ)」から。
p 「攴(pū、ボク)」の省略形攵から。
m 古字の「冂」からで、現在も部首として残る「冖(わかんむり)」から。「冖」の音は「mì」。 
d 古字の「匚(fāng)」から。
d 「刀(dāo、トウ)」の古字「」から。
t 「突(tū、トツ)の古字「」で、これは「子」の字を上下反転したもの。
n 「乃(nǎi、ナイ)」の古字であるから。
l 「力(lì、リキ)」の古字から。
g すでに使われなくなった古字「巜(guì/kuài、カイ)」から。巜は川を示す。
k 古字「丂(kǎo、コウ)」から。
h 古字であり、現在も部首として残る「厂(hǎn、カン/ガン)」から。
j 古字「丩(jiū、キウ)」から。
q 古字「巛(=川)」を構成する古字(quǎn、ケン)から。
x 『説文解字』にある、「下(xià、カ)」の古文「丅」から。

声母②

注音符号 ピンイン  字源
 ㄓ zhi 之(zhī、シ)の古字「」から。
chi 文字であり、部首である「彳(chì、テキ)」から。
shi 「尸(shī、シ)」から。
ri  『説文解字』にある「日(rì、ジツ)」の古字から。

声母③

注音符号 ピンイン 字源
zi 古字で、部首「卩(jié、セツ、ふしづくり)」の方言音(老国音)「zié」から。
ci 「cī」が方言音(老国音)として使われる「七(qī、シチ)」の古字「」から。
si 「私」の古字の「厶(sī、シ)」から。

※声母②・③についてはすでに韻母「i」の音がついており、「一」は付ける必要がない。

※声母はピンインにほぼ対応しており、そのまま置き換えればよい。

韻母①

注音符号 ピンイン 字源
i 「一(yī、イチ)」から。
u 「五」の古字「㐅」から。
ü 古字「凵(qū、カン)」から。「凵」は「うけばこ」「かんにょう」「かんがまえ」と呼ばれる部首であり、「出」「函」「凹」などに含まれる
a 「丫(yā、ア)」から。
o 使われなくなった文字「(hē、カ)」から。可に音符として残る古字丂(kǎo、カウ)を左右反転させた字。
e 「ㄛ」の転化字。
ê 「也(yě、ヤ)」の異体字。

※ピンインの「i」に相当する音は台湾の注音符号では「一」だが、中国大陸では「|」となる。

韻母②

注音符号 ピンイン 字源
ai 「亥」の古字「(hài、カイ)」から。
ei 「移(yí、イ、うつる)」を意味し、使われなくなった古字「乁(yí、イ)」から。
ao 「幺(yāo、エウ)」から。「幺」の末の意味
ou 「又(yòu、イウ)」から。
an 古字「(hàn、カン)」から。「」は咲くの意。
en 「隱」の古字「」から。
ang 「」から。「(wāng、オウ)」は足や背中が曲がり不自由なさまを意味する。
eng 「肱(gōng、コウ)」の古字「」から。
er 児の旧字体である「兒(ér、ジ)」の下部分の「儿」から。

※韻母①・②を組み合わせて、二重母音・三重母音を作る。

声調符号

第一声 第二声 第三声 第四声 軽声
なし ˊ ˇ ˋ ˙

第一声に符号がない以外は、第二~四声まで声調符号はピンインの場合と完全に同じ。ただし、軽声の場合のみボポモフォ(注音符号)には専用の符号を用いる。なお、声調記号の位置はボポモフォ(注音符号)の右上で、これは縦書きでも横書きでも同じである。

ボポモフォ(注音符号)の書きかた

ボポモフォ(注音符号)は基本的には縦書きであるが、便宜的に横書きされる場合がある。台湾でメジャーな國語日報から出版されている『國語日報破音字典』の序文。少なくとも台湾においての中国語初等学習者むけの文章には、このようにふりがなと同じ感覚でボポモフォ(注音符号)が施されている。

私のボポモフォ学習法

私は2000年に台湾に語学留学にやって来たものの何を言っているのか分からず、「まずは中国語の語彙を身につけないと生活すらままならない」と考えて、毎日辞書とにらめっこの生活を始めた。そして、ただただ中日辞典や日中辞典をめくっているだけでは「日本語に対してまだまだ甘えが残ってしまう」と感じ、自分なりに台湾で刊行されている辞書類を色々と調べた結果、基本的には『新編國語日報辭典』という辞書で辞書引きを行うことにした。なぜ『新編國語日報辭典』にしたのかというと、この辞書がその他の辞書と比較してみて、注釈が非常に平易で分かりやすかったためである。逆に一般向け=大人向けでは若干注釈が難しく感じた。正しく把握できているではないが『新編國語日報辭典』は台湾現地では小中学生向けの辞典として編集・販売されていると思われる。

「さあ、この『新編國語日報辭典』で勉強を始めるか!」となったとき、ひとつの障害にぶつかった。それは「どうやって字を探すか」である。
留学に来たのは台湾であるし、いままであたりまえのように使っていたピンインは当時は使わなかったし、使えなかった。部首引きはできなくなかったが、引くのにものすごく時間がかかってしまい効率的ではなかった。

それでは台湾人は普段は辞書引きはどうしているか?となった際に、台湾ではボポモフォ(注音符号)で探したい漢字を探すのが通例である。日本の漢字字典でカナ引きのページがそのままボポモフォになっていると考えてよい。まるであいうえお順のように一定の法則にしたがってボポモフォが列挙されているので、それを元に探したい漢字を探すのが台湾式のやりかたである。

「では、自分もボポモフォで字引きをしてみるか」というわけで全くボポモフォについての基礎知識もないまま、『新編國語日報辭典』で字引きを始めたが、とにかく最初はどんな順序でボポモフォが並んでいるか分からず、「ㄅがbで、ㄆがなんだっけ?」という状態であった。このような状態では二進も三進もいかないやめに、思案した結果として自分でピンイン-ボポモフォ対照表を作って、それを見ながら字引きを始めた。最初は何度も何度も対照表を見ながらの字引きだったが、毎日使っているうちにだんだんとボポモフォ(注音符号)が自然に頭に入ってくるようになり、2ヶ月程度で完全に頭の中にインプットできるようになった(もちろん今でも頭の中に入っている)。

ボポモフォ学習のポイント

  • 覚え方は人によってさまざま。まずは自分がボポモフォ(注音符号)を覚える必要性と理由を明確にしよう。そして覚え方を自分なりに工夫すべし。
  • 「ひらがな」的な文字だからといって侮るなかれ。