ピンイン(拼音)とは

ピンイン(拼音)とは標準中国語においてアルファベットを用いて漢字音を表記する表音方式である。正しくは「漢語拼音」と呼び、「拼」とはふたつ以上の多数のものを組み合わせるという意味である。漢字の字義に従えば文字通り「拼音」とは複数の音素を拾い出して組み合わせると言う意味になるが、標準中国語で「拼音」と言えば基本的には「漢語拼音」を指す(なお、「拼圖(拼図)」とはジグソーパズルを指す)。

漢字は膨大な数に上る反面、その字の読み方を示す方法については仮名やハングルのような表音文字による発音を示す方法が伝統的に存在していなかった(例外的に反切と呼ばれる方法があったものの、漢字音に依存するため時代や地域により音が変化するという欠点があった)。古くは中国を来訪したイエズス会士であるイタリア人のマテオ・リッチ(1552年~1610年)やベルギー人のニコラス・トリゴー(1577年~1628年)らによりアルファベットでつづる方式が発表され、近代に入ると中国近代化を目的とした文字改革の機運が高まり、その中でジャイルズ・ウェード式といったローマ字つづりが生まれた他、「一目了然初階」「中国切音字母」「官話合声字母」「国語ローマ字」や現在も台湾で用いられている「注音符号」が誕生した。また、中国国外ではソ連において中国人コミュニティに向けて作られたラテン化新文字が考案された。

国語ローマ字とラテン化新文字は比較的完全なものである。ただ、国語ローマ字はローマ字つづりの中に四声までを含めて表現するためにつづりが極めて複雑なものとなり、一般大衆が常用するには実用的ではなかった。その点、ラテン化新文字は覚えやすく、書きやすく、大衆の文字としての条件を備えていた。実際に中国本土でラテン化新文字は1940年から1942年には中国共産党が支配していた陝西省・甘粛省・寧夏回族自治区といった中国北部の辺境で使われているという実績があったものの、1935年頃より中国共産党は長征の途上で延安を中心に新文字普及化政策が進め、それはある程度の成果を収めることができた。ただし、それが尖団区分のある山東官話をベースとしたことと、農民が新文字よりも漢字学習を希望するなどの実情から1944年以降は識字運動に切り替えられた。

1949年10月に中華人民共和国が成立すると、文字改革協会が北京に組織され、漢語拼音方案制定耕作を開始した。1952年2月、中国文字改革研究委員会が成立し、主に民族形式、つまりは漢字筆画式の拼音方案の研究立案にあたる。1954年12月には中国文字改革委員会に改組され、拼音方案委員会を設置し、1955年10月には四つの漢字筆画式の案と、二つの国際通用字母方式の案(ラテン字母とロシアのキリル文字式字母)とを決定し、全国文字改革会議に提案した。1956年2月に漢語拼音方案第一次草案を発表し、1957年11月には国務院全体会議で漢語拼音方案草案を承認および公布する。1958年2月、第一期全国人民代表大会で批准した。

漢語拼音方案の用途は、①漢字に注音して漢字教育の効果を高める(小学語文課本・北方話区の掃盲課本・児童読本・通俗紙誌) ②普通話の教育を助ける ③国内少数民族の文字創造に共通の基礎を与える ④人名・地名・科学技術用語の翻訳問題を解決する ⑤外国人の中国語学習を助けて国際文化交流を促進する ⑥索引を作る上での問題を解決する ⑦漢字拼音に関する研究を実験を進める ⑧将来さらに電報・手旗信号および工業産品の代号等の問題を解決する と定義づけられた。科学技術部門で用いられる記号、いわゆる「科学代号」の問題は漢語拼音の決定により統一と発展の方向に向かったとされる。Ⅰ)機器の名称や規格 Ⅱ)医薬衛生関係 Ⅲ)交通・通信 Ⅳ)その他工業・電信工業等の各部門の代号は、これまでに外国語に頼るか、注音符号で間に合わせたりしていたが、ラテン化によって民族性と国際性を併存させることに成功したとしている。例えば、「電器工業用純鉄」は略称として「電鉄 DIAN TIE」、代号はDTとなる。

ピンインの音節構造と表記ルール

少数の例外を除き、原則として標準中国語の漢字は1文字が1音節に相当しており、1音節は「声母」と「韻母」に分解することができる。「韻母」はさらに「介母音(韻頭)」「主母音(韻腹)」「尾音(韻尾)」の3部分に分かれる。これらのうち、主母音はどの音節にも必ずあるが、介母音と尾音はないこともあり、また声母がない場合もある。これらにはさらに声調がかぶさるために、音の高低は実際には韻母の部分でなければ聞き取ることはできない。

声調4種+軽声
声母 韻母(39個)
介母音
(韻頭)
主母音
(韻腹)
尾音
(韻尾)
21種(子音21種) 3種
i、u、ü
7種
a、o、e(êを含む)、i(ziの-i,zhiの-iを含む)、u、ü、er
4種
n、ng、i、u(aoの-oを含む)

「汉语拼音方案(漢語拼音方案)」では各音節に対応するピンインのつづりしか示されていないために、実際にピンインで中国語を表記しようとするといくつかの疑問が生じる。これを解決するために、1988年公布の「汉语拼音正词法基本规则(漢語拼音正詞法基本規則)」が制定された。この中の規定を抜粋すると以下の通りである。

  • ピンイン表記の区切りは語を単位とする。
  • 単音節の語の重ね形は続けて、2音節の語の重ね形は区切ってつづる。ただし、AABB型のものはハイフンを使って続ける。
  • 名詞と前後の付加成分(「副」「总(總)」「非」「老」「子」「儿(兒)」「员(員)」「们(們)」)は続けてつづる。
  • 名詞と後ろの方位詞は区切ってつづる。
  • 動詞と「着(著)」「了」「过(過)」は続けてつづる。
  • 動詞と補語は、両者が単音節の時は続けてつづるが、それ以外の時は区切ってつづる。
  • 形容詞と後ろの「些」「一些」「点儿(點兒)」「一点儿(一點兒)」は区切ってつづる。
  • 「这(這)」「那」「哪」と量詞・名詞は区切ってつづる。数詞と量詞、名詞も区切ってつづる。
  • 11から99までの整数は続けてつづる。「百」「千」「万(萬)」「亿(億)」と前の数は続けてつづる。
  • 副詞・介詞・接続詞・構造助詞・語気助詞などの虚詞はほかの語と区切ってつづる。
  • 文のはじまりや固有名詞の1文字目は大文字にする。

しかし、「汉语拼音正词法基本规则(漢語拼音正詞法基本規則)」では処理しきれない部分も多く、中国の出版物でも実際には様々なピンインのつけ方がなされている。

実際の発音とつづり方

ピンインは中国語の発音を示すためのものであるために、当然中国語の発音に合わせて作られている。したがい、見慣れたローマ字とはいえ、独自の読み方をするものがある。特にj音、q音、x音を「チ」「シ」に近い音で読んだり、z音、c音、s音を「ツ」や「ス」に近い音で読んだりするのは、慣れないうちは奇妙に感じられる。しかし、中国語の学習開始にあたり必要不可欠であるピンインであるため、最初に正確に覚える必要がある。

単母音

中国語の短母音は6つあり、強グループ3つと弱グループ3つに分類される。

強グループ a、e①、o
弱グループ i、u②、ü③

強グループは主母音のみに現れる。弱グループは介母音・主母音・尾音(üを除く)のいずれにも表れる。また、弱グループは声母がつかない時には、yi、wu、yuと書き換えられる。

これらの他に、zh、ch、sh、rやz、c、sの後に付随して発音される「イ」や「ウ」に近い曖昧な音、「-i [ ʅ ] 」「-i [ ɿ ]」とがあるが、これらは単独で現れることはない。

中国語の母音は、日本語の母音よりも大袈裟に発音しておいて問題がないものである。例えば、aは日本語の「ア」よりも口を大きく開け、iは日本語の「イ」よりも口を横に引いて発音する。

日本語の標準音に似た音がなく、日本人には難しいとされる母音に上記①②③がある。

e 日本語の「オ」の構えをしてから、唇を左右に引いて発音する。
u 日本語の「ウ」よりも唇を丸めて突き出し発音する。
ü 唇をすぼめてから、日本語の「イ」を発音する。

① e:日本語の「オ」の構えをしてから、唇を左右に引いて発音する。
② u:日本語の「ウ」よりも唇を丸めて突き出し発音する。
③ ü:唇をすぼめてから、日本語の「イ」を発音する。

ただし、oだけは不安定であり、完全な単母音であるとは言えず、通常「u」と一緒に使われる。bo、po、mo、foと発音する場合では単独で現れているように見えるが、実際の発音では「o」と小さく「u」が入る。次に紹介する二重母音「ou」「uo」とこの「o」、いずれの「o」も人によって、または話すスピードによって「e」に近く聞こえることがある。このことから、「o」は「e」が「u」の影響を受けて変化したものと考えることができ、以下のように書き換えることが可能である。

強グループ a、e(⇒ o)
弱グループ i、u、ü

そり舌音(捲舌音)

単母音ではないものの、単独で主母音となるものに、もうひとつ「er」がある。これは強グループの「e」を発音しつつ、同時に舌を奥に引いて舌先を上に持ち上げて発音する音である。介母音や尾音や声母はつくことはなく、常に単独で音節となる。

二重母音

二重母音は「強+弱」と「弱+強」の2つのパターンに分けられる。「強+弱」は主母音+尾音(鼻音は除く)の組み合わせ、「弱+強」は介母音と主母音の組み合わせになる。いずれのパターンも2*3=6のすべてがあるわけではなく、また「強+強」や「弱+弱」のパターンは存在しない。この原則をもとに並べると、以下の通りとなる。〔〕内にはつづりの変化を示す。

強グループ a 弱グループ i ai
強グループ a 弱グループ u au⇒ ao (Ⅰ)
強グループ e 弱グループ i ei
強グループ e 弱グループ u eu ⇒ ou (Ⅱ)
弱グループ i 強グループ a ia(声母がつかない時は「ya」)
弱グループ i 強グループ e ie(声母がつかない時は「ye」)
弱グループ u 強グループ a ua(声母がつかない時は「wa」)
弱グループ u 強グループ e ue ⇒ uo (Ⅲ)(声母がつかない時は「wo」)
弱グループ ü 強グループ e ü(声母がつかない時は「yue」)

(Ⅰ)は「au」のままだと「an」と紛らわしく、「u」を「o」にしたと言われている。(Ⅱ)と(Ⅲ)が、「e」が「u」の影響を受けて「o」に変化する箇所である。いずれの二重母音も、前の音から後ろの音へなめらかに口を動かす必要がある。また、二重母音の中の「e」は単母音の時とは違い、日本語の「エ」に近い音となる。

この他に、「io(yo)」も感嘆詞になるとして二重母音のひとつに挙げられることがあるが、これに声母がつくことはない。

三重母音

上記の4つの「強+弱」パターンの二重母音の前にもうひとつの「弱」が加わった「弱1+弱+弱2」のパターン、すなわち介母音+主母音+尾音(鼻音は除く)の組み合わせがある。「弱2」が「i」の場合、「弱1」は必ず「u」となる。「弱2」が「u」の場合、「弱1」は必ず「i」になる。

ai の前に u uai(声母がつかない時は「wai」)
aoの前に i iao(声母がつかない時は「yao」)
eiの前に u uei(声母がつかない時は「wei」、声母がつかない時は「- ui」)
ouの前に i iou(声母がつかない時は「you」、声母がつかない時は「- iu」)

鼻韻母

耳慣れない用語であるが、母音のあとに「n」や「ng」がついたものを指す。つまり、鼻音の尾音がついたものである。基本的には下表にまとめたように、強いグループの「a」と「e」にそれぞれ「n」と「ng」がついた4種である。

n ng
a+ an① ang②
e+ en③ eng④

①の「a」のほうが②の「a」よりも明るい感じの「ア」になる。②の「a」はより暗い感じの「ア」となる。③の「e」はより「エ」に近い感じに、④の「e」はより「ウ」に近い感じとなる。また、①と③は最後に舌先が上の歯茎にぴったりつく。②と④は最後に舌の付け根のあたりが上アゴの奥のほうにつき、舌先はどこにもつかない。区別のポイントはどちらかというと「a」や「e」のほうにある。

上表の4つの基本パターンの前に弱グループの「i」「u」「ü」がついて、さらに11種の鼻母音ができ、介母音+主母音+鼻音の尾音の組み合わせが可能となる。「u+ang」だけではなく、以下のような組み合わせが可能となる。

anの前に i ian(声母がつかない時は「yan」)
anの前に u  uan(声母がつかない時は「wan」)
anの前に ü üan(声母がつかない時は「yuan」)
angの前に i iang(声母がつかない時は「yang」)
angの前に u  uang(声母がつかない時は「wang」
enの前に i  ien=in(声母がつかない時は「yin」)
enの前に u uen ①(声母がつかない時は「wen」)
enの前に ü üen(声母がつかない時は「yun」)
engの前に i  ieng=ing ②(声母がつかない時は「ying」)
engの前に u ueng=ong ③(声母がつかない時は「weng」)
engの前に ü üeng=iong(声母がつかない時は「yong」)

 一見複雑そうに見えるが、このような変化を裏付ける証拠はいくつかある。①は前に子音がつかない時には「wen」となるが、子音がつくと「e」が取れて「un」となり、「in」や「ün」と同様になる。②の実際の発音は「ieng」というようになり、「e」は弱く発音する。③は前に子音がつかない場合には「weng」とつづる。同様に台湾の注音符号でも上記の組み合わせの通りにつづることがあり、ピンインではそのつづり方に無理があるためにそのようになったものと思われる。

「üan」の「a」は「エ」に近くなり、「ian」の「a」は完全に「エ」と発音する。「uen(wen)」の「e」は「エ」に、「ueng(weng)」の「e」は「オ」に近くなる。「in」「ün」「iong」ではつづりの変化の通り、もともとあったはずの「e」はあまり聞こえなくなる。いずれの場合も、区別のポイントは「n」と「ng」ではなく、前の母音にある。

つづりの変化

以下は声母がつかない時に発生するつづりの変化と、声母がつく際に起こる変化となる。

声母がつかない時に起こるつづりの変化

「i」で始まる音節「i」の後に「a」「o」がない場合  「i」を「yi」に変える
「i」で始まる音節「i」の後に「a」「o」がある場合 「i」を「y」に変える
「u」で始まる音節「u」の後に「a」「o」「e」がない場合 「u」を「wu」に変える
「u」で始まる音節「u」の後に「a」「o」「e」がある場合 「u」を「w」に変える
「u」で始まる音節「u」の後に「a」「o」「e」がある場合 「u」を「y」に変える
「ü」 「ü」を「yu」に変える

声母がつかない時に起こるつづりの変化

「iou」 「-iu」声調符号は「u」の上につける
「uei」 「-ui」声調符号は「i」の上につける
「uen」 「-un」
「ü」で始まる音節 声母が「j」「q」「x」である時  「ü」を「u」に変える

子音

声母に現れる子音が21種と、尾音に現れる子音2種あるが、うち「-n」は重複するので、合計22種の子音が存在する頃になる。子音は通常は発音の際に使う部位と発音の方法によって分類する。

下表はピンインで示した子音であるが、「口蓋」とは上顎を指し、硬いのは天井のあたりで、柔らかいのは奥のほうである。通常、発音の部位は口の外側に近いほうから奥に向かって配列する。

両唇 歯+唇 歯茎+舌尖 歯+舌端 硬口蓋+舌尖(そり舌③) 硬口蓋+舌面 軟口蓋+舌面
破裂 b①、p② d①、t② g①、k②
鼻音 m n(=-n) (-ng)
破擦 z①、c② zh①、ch② j①、q②
摩擦 f s sh x h④
接近 l⑤ r

上記のうち①~⑤については日本人には難しいとされる発音である。詳細は以下の通り。

無気音。日本語の清音よりもそっと発音する。ちいさな「ッ」の後のようにタメを作ってから発音する。
有機音。勢い良く発音した後、さらに息を吐きだす時間を取る。
そり舌音(捲舌音)。舌全体を喉の奥のほうにひっこめるつもりで、舌先を上顎に近づけて発音する。
h音。日本語の「ハ・ヘ・ホ」の子音に似ているが、喉の奥から擦るようにする。
l音。日本語のラ行の子音は舌先で歯茎を弾くが、中国語では弾かない。m、n、ngやその他にhm(mの口の形のまま鼻から声を出す)、hng(ngの口の形のままから鼻から声を出す)も、感嘆詞としては単独で音節になる。

声母と韻母の組み合わせ

中国語の声母と韻母のすべての組み合わせがあるわけではなく、むしろ声母と韻母の結びつきにはかなりの制限がある。その制限は大まかに下表のとおりである。

強グループ組 「i」で始まる組 「u」で始まる組 「ü」で始まる組
b、p、m、f あり あり bu、pu、mu、fu のみ なし
d、t、n、l あり あり あり nü、lü、nüe、lüe のみ
g、k、h あり なし あり なし
j、q、x なし あり なし あり
zh、ch、sh、r あり なし あり なし
z、c、s あり なし あり なし

「g、k、h」「zh、ch、sh、r」「z、c、s」は「i」で始まる組や「u」で始まる組との組み合わせはなく、逆に「j、q、x」と「u」の組み合わせがないために「j、q、x」が「ü」と組み合わさった時に「ü」の「¨」を取ってしまったとしても「u」と混同することはない。